昨今、人気、注目を上げている将棋界。
その中心にいるのは間違いなく、藤井聡太七段だろう。
7月16日には現役最強と言われる渡辺明三冠から史上最年少(17歳11か月)で棋聖のタイトルを取得し、
更には既に2勝上げている(4勝すればタイトル)王位のタイトル奪取にも期待が寄せられている。

そんな将棋の神様に愛されている藤井七段だが、その成長の裏にはAIとの研究が少なからず影響している。

棋力アップに活用されるAI

近年将棋界では藤井七段だけでなく、多くの棋士たちがAIを使っての研究を行うようになっている。
なぜ多くの棋士がAIを使用するようになったのか、それはハードウェアの向上やプログラムの強化によりAIの性能が格段に上がったことが挙げられる。
しかし、いくら凄い性能があったとしても、実績がなければ、AIを使って研究をしようとする棋士は出てこなかっただろう。

実際、2000年代まではAIを活用している棋士はほとんど存在していない。
AIが活用されるようになったのには大きな転機が2つほどある。
それは、AIにとっても、将棋界にとっても大きな出来事だった。

プロ棋士がAIに負けた日

一つ目の転機となったのは2013年に行われた「第2回将棋電王戦」だ。
棋電王戦とは、ニコニコ動画などで有名なドワンゴが主催しているプロ棋士とコンピューター将棋との非公式棋戦である。

5人のプロ棋士と世界コンピューター将棋選手権の上位5ソフトがそれぞれ戦った試合で、コンピューター将棋は対戦成績を「3勝1敗1分け」とし、平手(ハンデなし)で初めてコンピューター将棋がプロの棋士に勝利している。

特に、10人しかいない現役A級棋士であった三浦弘行八段が負けたことは大きく取り上げられ、棋士たちの間でAIを使っての研究が始まるきっかけになったとされている。

A級というのは将棋の順位戦の位であり、A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組と分けられている中の最上位だ。
順位戦は1年かけて行われるリーグ戦で、好成績を残したものが一つ上の級に行くことができる仕組みとなっている。
プロになった人は原則C級2組からの参加となっているため、A級に入れずにプロ生活を終える棋士も少なくない。
そんなトッププロの棋士がAIに負けたのだ。

AIに屈した名人

そして、もう一つの転機。それは2017年に行われたプロ棋士とAIとの対決である。
プロ棋士は当時、現役の名人であった佐藤天彦九段。
名人のタイトルは前述した順位戦のA級で優勝することで挑戦権を得られ、現名人との七番勝負に勝利することで手にすることができる。

その歴史は古く、400年以上続く伝統ある称号であり、将棋界にある八つのタイトル(竜王、名人、叡王、王位、王座、棋王、王将、棋聖)の中でも竜王と並んで別格に扱われている。
いわば、当時の将棋界で最も強い、将棋界の顔と呼べる存在が名人なのである。

そして、その名人がAIとの将棋に2度挑み、2度とも敗北したのだ。
このことはニュースで取り上げられ、将棋界だけでなく、
AIが人間を超えた事例として」世間でも大きな話題を呼んだ。

AIが将棋界で台頭できたわけ

なぜAIがここまで将棋界で台頭することができたのか。
それは将棋が「二人零和有限確定完全情報ゲーム」であること、「AIが感情を持たないこと」が大きいとされている。

二人零和有限確定完全情報ゲームとは

二人零和有限確定完全情報ゲームとは、ゲーム理論によるゲームの分類のひとつであり、以下のような特徴を持っている。

二人:プレイヤーの数が二人
零和:プレイヤー間の利害が完全に対立(一方が有利になると相手が不利になること)
有限:必ず有限の手番で終わる
確定:ランダムな要素が発生しない
完全情報:全ての情報が両方のプレイヤーに公開されている

伝統的なボードゲームの多くが当てはまり、将棋のほかにも、チェスやオセロ、囲碁などもこのカテゴリーに属している。

AIがこれらのゲームに向いているのは、相手の出方に応じて最善の手を打ち続ければ勝利することができるためだ。
実際にチェス、オセロ、囲碁、でも世界最強の人間がAIに敗北している。

感情を持たないことがなぜ有利になるのか

なぜ感情を持たないことが有利になるのか、それは人間の心理的なところでの問題が出てくるためである。
人は危機的な状況に陥ったときや、リスクを伴うような際に、冷静な対応ができなくなったりすることがある。

対してAIは感情などに左右されることはなく、常に統計に基づいた最善手を打ち続けることができるのである。
また、AIには先入観がないため、定石になかった一手であっても、人とは違い、不安や心配をすることなく打つことができるのだ。

将棋で人はAIに勝てないのか?

では、これからAIとプロ棋士が勝負した場合、すべてAIが勝利するのだろうか。
これまでのことを考えるとAIが勝つだろうと言えてしまうかもしれない。
ただ、そうではないのかもしれない。
そう思わせることが、藤井七段の棋聖戦で起こっていた。

AIを凌駕した藤井七段の一手

それがあったのは6月28日に行われた棋聖戦第2局。
この棋聖戦は中継されており、画面上では将棋AIが局面を解析し、
それぞれの現状での勝率、次に打つべき最適な手から、検討に値する次点の手を5手までを表示させていた。

該当の局面で藤井七段は23分もの時間を費やしたのち、一手を打ち込んだ。
それは将棋AIが次点の5手までに入っていないと判断し、検討にすら値しないとしていた手であった。
もちろん最善ではないと判断した手を打ったため、藤井七段の勝利を予想する勝率は下がった。
しかし、藤井七段はこの対局で見事に勝利を手にしている。

AIからは最善とされなかった手を打ちながらなぜ勝つことができたのか。
それは、今年2020年の世界コンピューター将棋オンライン大会で優勝した「水匠」というソフトによって判明する。

水匠によって判明した、プロ棋士の大局観

上記は「水匠」の制作者が藤井七段の手を読ませた際のツイートである。

最強ソフトが最初はベスト5にも入らないと判断した一手が、
6億以上の手を読んだことで藤井七段が打った手が実は最善手だったと判明したのだ。
もちろん、藤井七段が手を打つのに使った23分間で6億以上の手を読んだとは考えられない。

大局観という言葉をご存じだろうか。
大局観とはボードゲームに置いて、部分的なせめぎ合いにとらわれずに、全体の形の良し悪しを見極め、自分が今どの程度有利不利にあるのか、堅く安全策をとるか、勝負に出るかなどの判断を行う能力のことである。
これは直感的なもので、コンピューターでは完全な再現は難しいとされている。

読みの速さと量を考えれば、人はAIに勝つことができないだろう。
しかし、藤井七段はAIには再現不可能な大局観によって最善な手を導き出したのだ。

おわりに

今後、様々な分野においてAIは人を凌駕する存在になると言われている。
既にAIが凌駕している部分も数多く存在している。
しかし、今回のようにAIを凌駕する部分を人が持っていることもまた、事実なのである。